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MONOCO JOURNAL

《インタビュー》時間を創りだすということ

日本初スマートウォッチ企業の挑戦

身に付けるだけで漂う気品。ずっと着け続けたくなる快適さ。そして「時間を創りだす」ために最適化したインターフェース。そんな時計を創りだしたVELDT代表、野々上仁さん。端正なマスクと、知的な語り口が魅力的な、元サン・マイクロシステムズ執行役員という経歴を持ついま話題の起業家です。

そんな野々上さんにインタビューを申し込んだところ、開口一番「今の起業のメインストリームは『時間を奪う』ことが中心。『時間を創りだす』ことが大事ではないか」との過激な発言。ちょっとマニアックだけど、引きこまれてしまう野々上さんのインタビューをお楽しみ下さい。



VELDTって洗練された美しさと、洗練された哲学を感じる時計ですよね。まず、VELDTについて教えてください。

野々上:ありがとうございます。私たちは「画面を見ない時間を創りだすことで得られる時間」を創りだそうとVELDT SERENDIPITY を創りました。スマートフォンが普及した現在、あたりを見回せばみんなうつむいている。もう少し違ったテクノロジーとの付き合い方はないのか?という私の単純な疑問から導き出したひとつの答えです。

開発にあたり世界中のウェアラブル端末を調べました。しかし、結局はほとんど「スマートフォンの画面を小さくした」だけなんですよね。まわりに非常に美しい景色が広がってるのに、ずっと画面を眺めてるってなんだかもったいなですよね。リアルタイム性がある情報には中毒性がある。リアルタイム性のある情報をコントロールしようとまず考えました。大事な情報は逃さないけれど、どうでも良い情報は見ない、そんな「情報のフィルタリング」権限を維持することで、自由な時間を創りだす。本当にほしい情報だけを欲しい時に受け取る。そのために①最低限の情報を直感的に映すインターフェース②最適なテクノロジー③使い続けられる完成度の高い時計として『VELDT』は設計されました。

しないことと、することを自分自身でしっかり判断すること。そして形にすること。それが我々の美学です。



「テクノロジーを革新するのではなく、テクノロジーとの付き合い方を革新する」という哲学をお持ちの野々上さんがこの哲学に至ったキャリアについてお話いただけますか?

野々上:新卒で三菱化学(旧三菱化成)に入社しました。まず光ディスク事業の立ち上げに関わりました。大学文系学部のアメフト部出身だったので、ゼロからの営業経験。しかし1年目で営業でTOPの成績をおさめることが出来ました。2年目以降は光ディスク以外の営業にも携わり、営業の基礎を身につけました。

その時にAppleユーザーや販売店にかわいがってもらいました。今考えると、このことが今につながっているのかもしれませんね。光ディスク事業に関わる中で、光ディスクの透明ケースのデザインにも関わり、映画「ミッション・インポッシブル」の劇中でも採用されました。うれしかったですね。

1994年、秋葉原で大手メーカーが一同に介し、デジタルイベントをする機会がありました。その際、企画も任され、インターネットの体験ブースを開設しました。来場者にはMOSAIC(黎明期のインターネット閲覧ソフト)をダウンロードし、インストールしてもらうところから体験してもらいました。その上で通信速度の遅いネットワークを介さずに画像を閲覧してもらう記憶媒体として光ディスクを売ることを思いつきました。企画を進めていくうちに「今の時代はスタンドアローンのハードウェアを作るよりも、ネットワーク自体を普及させるほうが面白いのかもしれない」と初めて思いました。



翌年(1995年)はインターネットにとって革命的な年でした。まずはWindows 95の発売。そしてサンマイクロシステムズがJAVAを開発し、多くの異なる環境でネットワークを通してソフトウェア開発できる環境の提供を開始しました。しかも無料で。「この会社はおもしろい」と直感しました。当時読んだニコラス・ネグロポンテ『ビーイング・デジタル - ビットの時代』にも影響され、ネットワーク・インフラを構築する仕事に可能性を感じました。

1996年、サンマイクロシステムズに入社し、要職を務めた後、役員も経験しましたが、その後、Oracleから買収を受け、2年ほどOracleでサンの事業をリードすることになりました。

いつごろVELDTの起業を意識されましたか?

野々上:起業は在職中からいつも意識していたかもしれません。

垂直統合とオープンの時代は交互に訪れます。まずOPENの時代。分野ごとに進化が進み、それぞれの分野ごとのギャップが生まれます。そしてギャップを埋める、垂直統合の時代。この繰り返しです。今起こっているあらゆる要素の統合役として、世界観を統一することにやりがいを感じ、VELDTを設立しました。

起業にあたってはもうひとつ理由があります。オタクが身につけるガジェットではなく、ファッションとして身に付けられる製品を世に送り出したいと常々考えていました。その方がデータを自然に蓄積し、活用することが出来るからです。実は2000年にiモードの3Gネットワークが生まれ、ウェアラブル端末の会社を立ち上げようと思いました。しかし、断念した過去があります。

現在は、電池とBluetooth の性能が上がり、価格が下がりましたし、何よりスマートフォンというプラットフォームがあります。このことを見越し、3年前に技術面、費用面等で制約の少なくなる現在を見越して起業しました。



現在、VELDT社内で野々上さんはどのような役割を担っていますか?

野々上:社内ではディレクター的役割に徹しています。言い換えれば、映画監督的な役割でしょうか。時計部分、ハードウェア部分、ソフトウェア部分、クラウド部分それぞれの業界をまたいで眺め、事情や文脈を読み取り、まとめて作品にする役割です。

ハードやソフトが密接に関わるウェアラブルを作るには違った分野を超えてまとめていくことが求められます。例えば時計業界ではマイナスドライバーしか使われませんが、回路の業界ではプラスドライバーしか使われません。こんな事情を総合的に理解し、調整し、開発を進めています。大変おもしろく、やりがいのある仕事です。日本にはまだまだすばらしい職人が多く残っています。それぞれの分野の一流の技術者と職人を同時にアクセスできる日本の製品づくり環境は大変恵まれているな、と考えています。世界と戦える武器になりうるな、と。

今後はセンサーを追加したり、機能を向上させた製品など投入予定ですが、現在発売中のモデルを切り捨てるのではなく、世界観を維持しつつ長く使っていただけるように開発しています。VELDTは時計として純粋に美しい。長く使っていただきたいです。



すばらしい思想ですね。ありがとうございました。

 Editor's Note

鈴木 悌遍
端正なマスクと、知的な語り口が印象的だった野々上さん。

VELDT SERENDIPITY をオシャレに着こなされていたので「素敵ですね」と伝えると、白い歯をちょっと見せて、時計の魅力について語り出すお茶目な一面も。


時計のデモをお願いしたら、ちょうど「11:00 | MONOCO...」と表示されて、「おおぉ!」と一同感動。

これからの動向がますます気になる VELDT。MONOCO 編集部としても一層応援したくなる機会に恵まれたインタビューでした。

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